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Nago Mitill
なんて 遠いんだろう
きみへの道は
全然 まったく
距離は 縮まらない。
カメみたいに 速く進めれば
こんなに嬉しい ことはないのにな。
前向きに ずっと 前向きに
進みたいんです。
道よ、 お願い
どうか 途切れたりしないで。
なんて 遅いんだろう
僕の足は
全然 まったく
前に 進みやしない。
カタツムリみたいに 真っ直ぐ進めれば
こんなに嬉しい ことはないのにな。
たとえば ある日、 前の道が無くなっていて
振り返ると、 もと来た道も 実は無いかもしんないの。
ああ、 もしそうなったら シンドイし、 なんかヤダなあ…
まあ、 いっか。
ため息、 いくら貯めても お腹の足しには ならないし。
まだ行けるって どこかで別の道が 僕を呼んでるの。
さあ、 前に足を出したら どこでも そこが
僕が行く道、 為せば為るようになる道
カメみたいに、 カタツムリみたいに
進めれば
こんなに楽しい道は ないのにな。
(1993年・筆)
[備忘録]
これは、私が無意識に何時の間にか作った、私用の鼻歌です。
妙な自作の曲がついています。間延びした感じで、お読みください。
題名は「みち」と読みます。人様に紹介しにくい副題がついてまして、「this is my へっぽこroad, HEY! Here we go!」といいます。
「路」と「道」は、区別して使ってます。「路」はもちろん、「道」の同意語ですが、もともとは太い道を繋ぐ細い連絡用のみち、を指す語です。足が石につっかえて、転がしつつ進む(BY漢字字典)、つまり悪路を行く様を表しています。また、行き方、やり方といった意味も込めて、私は使っています。さらに、「路」→「みち」には、「未知」という言葉をかけています。
かなーり余談ですが、私の筆名「路流」は、大通りより細い悪路を行きたいという天邪鬼な私の心意気の表れです。また「路」を「未知」にかけて、「流れ未だ知らず→まだ無知である」、あるいは「未知の流れ→未知の路を行く、私の行き方・道筋は未知です」といった意味も込めてあります。
「和 路流」の表の意味は、「和み、満ちる」ですが、「みちる」の英語表記を「Mi till」として、裏の意味として「和み、未・till(till=untill=ずっと、~まで:終わりまで)という言葉がかけてあります。まあ、ぶっちゃけて言えば、「和み、ずっと満ちず(死ぬまでね、という含意)」
だから、どーした、という感じですね。
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詩は思いついた時に書いてます。まったくもってノロノロなブログですが、週一更新を心がけております。のんびりご賞味下さい。